●阿川駅に響く鼓動 ~DD51の停発車時エンジン音~
1992年 2月
2007年初稿・2019年 7月30日更新

 ビデオカメラが苦手とするジャンルに夜間撮影がある。一言で言えば、当時の家庭用ビデオカメラの性能が 肉眼の能力に比して、情報記録のダイナミックレンジが著しく小さいので、情景の再現性が乏しいのだ。
 スチルカメラであれば、バルブという撮影法で微弱な連続光を蓄積することで美しい叙情ある表現ができるのだが、 時間軸方向に決められた速さで連続画像を撮る目的のビデオカメラではそれができない。

阿川駅に停車する50系下り普通列車と通過する上り急行ながと
 遥々浜田から下ってきた下関行き普通列車は、夕暮れ近い阿川駅で対向する益田行き急行”ながと”の通過を待つ。

 結果、色情報の判然としない低エネルギーの光をアンプゲインで補うため、 明るい部分は飽和してしまい、コントラストの強烈な白黒映像のようになってしまうのみならず、 ゲイン過多が影響してエッジがぼやけた様にもなってしまう。

 その一方、画面の暗い部分はこのアンプのNFの悪さが顕著に現れて、 微弱な光はホワイトノイズに埋もれてしまい、砂嵐に覆われた如くの映像となる。
 それでも、はるばる遠方から来訪したのだから、滞在中は可能な限りカメラをまわしてやろうと、 夜間に到着する列車も撮影を試みるのだが、その映像はやはりどこか画一的で無表情なものになってしまう。

阿川駅に停車する下関発東萩行き50系客車普通列車
 薄暮の阿川駅に停車する客車5両の下関発東萩行き。
 客扱いのあいだ、機関車はひとしきり脚を休め、客車の床下からは暖房蒸気がゆらゆらと立ちのぼる。

 そんな収穫の少ない夜間撮影なのだが、この阿川駅の列車発着は少し違っていて、何度観ても印象的だ。
 まず、私の居る下りホーム側の構内照明が僅かに機関車まで届いていて、 カメラがゲイン過多にならなかったことが功奏した。
 この明るさが、DD51の車体色調や表面ディティールを明らかにしただけでなく、 運転台の保安機器類の照明が、ほんのりと浮かび上がったことで、機関車の持つ重厚感まで得ることができた。
 そして、音だ。 停車中も勇壮で、刻々と表情を変えていくメカニカルな響きが、観る者を惹きつけるのだろう。

阿川駅に停車する下関発長門市行き50系客車普通列車
 東萩行きが去り、すでに陽の暮れた阿川駅に今度は客車6両の長門市行きが到着する。
 ホームの傍らに、列車よりもずっと背の高い樹がそびえるのも地方駅らしい。 街灯の付いた開放型の跨線橋が当地の穏やかな気候を物語る。

 下関発長門市行きの50系客車6両編成が、阿川駅に到着した。
 列車が駅にすべり込み、減速してブレーキ音が止むころ(動画28秒付近)、 2基のエンジンのアイドリング音に加えて、少し甲高い機械音が加わることに気付く。 列車が充分に減速すると運転士は自動弁を「緩め」操作して、単弁だけのブレーキコントロールに移行するのだろう。 客車への空気供給が始まって空気圧縮機の動作音が重畳されているのだ。

阿川~長門粟野間をゆく50系客車普通列車
 長門市行きは阿川駅を出発すると、S字に弧を描きながら加速する。
 下り方の見通しを補完する遠方信号機をすり抜けて、次の長門粟野を目指す。

 40秒程停車して列車が再び動き始める頃、規定圧に達したのだろう。 この音はぴたりと止む。(動画1分30秒付近)
 それと相前後して、列車はゆっくりと動き始めたと思うと、過給器のタービン音は急激に高まり、 6両連結の負荷をものともせず一気に加速して阿川駅を後にしていった。
 列車が視界を去る頃、短い汽笛が聞こえた。

阿川駅を後にする50系客車普通列車
 跨線橋から見下ろす阿川駅の本屋。
 周囲を板張りされることもなく有人時代の風情をよく残しているが、 過日の台風による屋根瓦の損傷が痛々しい。
 浜田発下関行き普通列車は、急行との行き違いの小休止を終えると、静かに駅をあとにした。
●おことわり
(1)  本文中の写真は、すべてが動画と同時に撮影されたものではありません。
(2)  本稿の動画はご覧のウィンドウサイズに応じて最大1280×720ピクセルまで拡大、あるいは全画面表示ができます。
 但し、元動画はアナログテレビジョン程度の解像度で撮影されたものですので、ぼやけた画像となることをご理解下さい。

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