第2話●ディーゼルエンジン・DML61Z
1992年 3月
2007年初稿・2019年 6月 1日更新

DD51が牽引する50系客車普通列車
 DML61Z。ディーゼル機関車・DD51のエンジン型式だ。
 機能性だけを追及したセンターキャブの車体、温もりを感じさせる蒸気発生器の排気。 そしてターボチャージャー付きの2基のエンジンの力強さ。 これらが非電化区間の雄、DD51の魅力と言えるだろう。
 発車加速時にはターボチャージャーのタービン音が唸り、勾配区間では勇ましく排煙を上げ、 平坦線は軽快に駆け抜ける。
 こんな姿はある意味動物的であり、そのパフォーマンスは蒸気機関車にも通ずるものがある。

DD51が牽引する50系客車普通列車
 当時、既に数少なくなっていた山陰西部の客車列車のうち、 早朝に益田から長門市へ向かう列車はDD51牽引の50系客車4両編成で運転されていた。
 長大な特急出雲などに比べれば、50系4両など何でもない負荷だ。DD51は難なく加速していく。
 JR移行直後の過渡期には山陰本線には、DD51+50系客車2両という列車まで設定されていたが、 そこまで短くは無いにせよ、こういった短編成の列車の加速は今日の新型気動車に劣らないものだったと思う。

山陰本線をゆくDD51
 しかしながら、短編成の客車列車は減り続ける輸送需要の前ではあまりにも非効率だったのだろう。
 いつの間にか客車列車は次々に姿を消していき、かつて「客車王国」とまで呼ばれた山陰本線も、 この頃の山陰西部では、朝夕に設定された輸送力列車・4往復8本にまで減少していた。

山陰本線の50系客車普通列車
 1992年3月ダイヤ改正は、この山陰西部地区の普通列車がすべて気動車化されるなど、 西日本地域から客車列車が消滅する事実上の転機となった。(注1)
 そのフィナーレを間近に控えた今日も、いつものように朝の列車がやってきた。
 いつもと同じように、はじめは穏やかに、そして最後は力強く、ファインダーの中を駆け抜けて行った。

●注脚
(注1)  播但線・姫新線系は全廃。そして山陰線筋では出雲市以西は消滅。
 最後の長距離鈍行と呼ばれた豊岡〜米子間の他、松江ローカル、 鳥取ローカルといった輸送力列車が残るのみとなった。
 また、この改正から時を経ずしてJR西日本では50系客車の運用が消滅して、 12系(0番台・1000番台混成)のみとなった。

●おことわり
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